ゆっくり急ぐ朝のひととき(1)

概要:ショートストーリー:約1600文字

・・◇◆・・

昨晩、妻の瑠実と喧嘩をした。原因は大抵小さな事からで、土曜日の夜に始まる事が多い。

喧嘩した後、瑠美は読書に没頭する癖がある。今回も、並行線の話合いを終わらせるためにいつもの如くさっと立ち上がり、自分の書斎に直行した。

リビングを後にした彼女の後ろ姿を見送りながら、明日の朝の事を想う。またいつものように「もう、許してあげる」のサインが置かれていることはわかっている。留美からのサインとは、赤いカバーを掛けた本がテーブルに置いてあることだ。

まあ、許すも何も、一方的に僕だけが悪いわけじゃない。彼女もそれを分かっているから、本に仲裁をお願いするのだろう。僕としては、赤いカバーに包まれた本を見つけ、それを開き新しい本と出会えることが楽しみであったりする。

だが、今朝は様子が違っていた。普段は僕より早起きして朝食の支度を始めている時間なのに、キッチンには瑠実の姿はない。朝寝坊を決め込んで、まだ書斎のベッドの上にいるのだろうか。そうだとすれば、今回はまだ許して貰えないということになる。

少しの戸惑いを感じながらも、気持ちを切り替えて朝の空気を吸い込みつぶやいた。
「楽しみがすこし先送りになっただけさ」

リビングに差し込む光がテーブルの上のガーベラの一輪ざしを、ほんわりと包みこんでいた。それ以外は何も置かれていないテーブルを見つめていると、たまには、外で朝食もいいかもしれないな。ふと思った。

人に見られて恥ずかしくない程度に身なりを整え、お気に入りのスニーカーを履く。
「さて、どこへ行こうか。駅前まで行ってみるか」

玄関を出ようとしたときに、ふと、最近近くにオープンした一軒家のレストランのことを思い出した。そこは先の住人が亡くなってから一年ほど空き家だった場所だ。息子さんが相続してリノベーションしたと聞いている。
「そうだ、確か・・」

開店を知らせるチラシがあったことを思い出し、履いたスニーカーを脱ぎリビングに戻った。見つけたチラシの左下に笑顔のオーナーの写真がある。朝ごはんをしっかりと食べられるカジュアルレストラン「bean&beans」と書いてある。庭はオープンテラスとなっており、2人掛けの小さなテーブル席が4つ。週末の朝はモーチングでその席を利用できるようだ。日曜日のオープンは8時と書かれている。

今はまだ7時半を過ぎたところでオープンまで少し時間がある。レストランまでは5分程度。これから瑠美を起こしてモーニングに誘おうか・・。いや、仲直りのサインを受け取るまではまだ喧嘩中だからやめておこう。

チラシを元の場所に戻し、今朝は外へ食べに行くとテーブルにメモを残し、再びスニーカーを履いた。玄関を出て左側にまっすぐ歩き、2つめの角を左に曲がったところにbean&beansはある。オープン前なのに一人の先客がいて、彼と目が合ったので軽く会釈をした。

「おはようございます」
「おはようございます」
「今日、このお店は初めてですか?」
「はい。たまには日曜日早朝の外食もいいかなと思って」
「そうだったのですね。私はすっかりこの店のファンで。ほぼ毎日、朝食はここのモーニングです」
「へえ。ここのモーニング、楽しみです」

僕よりも一回りほど年上に見えるその紳士は、歩いて10分程度のところにある公園の側に自宅があるそうだ。奥さんはいないのだろうか、あるいは僕と同じように喧嘩中?なんてことは無いよな。

「いつもは妻と一緒なのですが、今日は一人で。彼女は友人達と温泉旅行でして」
「なるほど。実は、僕は妻と喧嘩中で・・」

優しい微笑みを僕に向けながら紳士は、喧嘩できる相手がいるなんて幸せなことなのですよ、と静かに言った。

「奥さんを、大切にしてあげてくださいね。」

この紳士も、奥さんと喧嘩をすることがあるのだろうか。そんなことを思っていると、レストランのオーナーがオープンのウエルカムプレート出すために店の中から出てきた。

「おはようございます。お待たせ致しました。いらっしゃいませ、さあ、どうぞ」

僕たちはオーナーに促され、店の中へと入った。「Reserved」のプレートが置かれているテーブルはこの店の常連である紳士がのお気に入りの場所のようだ。僕は・・と、今日は天気もいいしせっかくなのでテラス席にしようか。

「あの・・テラス席でも大丈夫でしょうか」
「もちろん、どうぞお使いください。すぐ、メニューをお持ちしますね」

(つづく)

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